「おー嬉しいか」「うん」楽しそうに笑っている赤坂さん。私は……赤坂さんのことが、大好きだ。好きで、好きでたまらない。ファンという枠を超えて、こんなにも好きになっていいのだろうか。赤坂さんのことが、大好きだ。「なかなか連絡できなくて悪かったな」「ううん。忙しかったんだよね」「まあな。男は稼ぐ生き物だろ」長い足を組んだ赤坂さん。「あのね、アメリカに五月三日に行くことになったの」「そっか。いよいよ、だな」好きだと言いたい。けれど、それはちゃんと帰って来てから言いたい。だから、今はぐっと堪える。「なぁ。それ、つけてくれない?」「……こ、こんな恐れ多いもの……無理。家宝にする」「あ? 馬鹿か。つけるためにアクセサリーはあるんだっつーの」貸せと言われて赤坂さんはネックレスを持った。前から手を回して、抱きしめるような形でつけてくれる。けれど、なかなか終わらない。あまりにも近い距離に耳が熱くなって、心臓が激しく動き出す。赤坂さんの爽やかであり男っぽい匂いが鼻を刺激する。それは、私の心を惑わすアロマのようだ。「ま、まだ?」冷静なふりをして質問する。「まだ」すごく密着していて、ドキドキする。赤坂さんの硬い胸におでこがくっついてしまう。だってネックレスをつけるなんて数秒で終わるのに、この体勢のままでしばらくいるのだから、鈍感な私でもわざとなんだと気がついてしまう。「……まだ?」「あーもう少し」「もうちょっと付けやすく作ったら?」「俺のプロデュースした物に文句があるって?」「いいえ」圧力、ハンパない。だけど、こういうところも好き……。やっとつけてくれた。赤坂さんは離れて目を細めて見ている。「似合う」「本当?」「世界一、似合う」手鏡を、引き出しから出して覗き込んで見ると、キラキラと光っている。病衣には似合わないけど、すごく嬉しくて赤坂さんに向かって微笑んだ。「ありがとう。男の人からアクセサリーをもらうなんて、この人生でないと思ってた」真剣な表情で私を見ている赤坂さん。今までに見たことない男らしい顔をしている。ますます、好きが増えていく……。「……………あのさ、戻ってきたら大事な話があるから」「何?」「気になるか?」「とっても」「じゃあ、必ず生きて帰って来ること」「……うん」泣きそう。
*移植することを報告したら、色んな人がお見舞いに来てくれた。会社の人や、朋代をはじめとする学生の仲間たち。皆、元気づけてくれるけど……寂しさもこみ上げてきた。もしかすると、もう会えないかもしれないとついつい思ってしまうのだ。朋代がお見舞いに来てくれて、他愛のない話をする。「実は来年辺り結婚しようかと思ってて」「うっそー! おめでとう」「久実、結婚式で友人代表スピーチしてくれるよね?」笑顔が消えてしまう。だけど、慌てて笑顔に戻して「もちろんだよ」と明るく言った。未来の約束が増えるたびに心が苦しい。病気じゃない人だって明日はどうなっているかわからない。けれど、皆、当たり前に生きすぎている。本当は生きることって、とても素晴らしいことなんだ。「おめかしして、結婚式行かなきゃなぁ」「久実のウエディングドレス姿もきっと可愛いと思うよ」「そうだね。手術が成功してその夢が叶ったらすごく嬉しいな」「自分の夢は強くイメージすると叶うって言うから。私もイメージしておく」朋代が励ましてくれて気持ちが少し軽くなったような気がする。
そして、アメリカへ行く前日。赤坂さんは時間をこじ開けて会いに来てくれた。約束を必ず守ってくれる、赤坂さん。いつものように、口元をくいっと上げて笑みを浮かべている。手術が失敗したら……。臓器が私に合わなかったら……。もう日本へ帰って来ることができなかったら……。色んな不安が押し寄せてくる。「赤坂さん、今まで本当にありがとう」思わず最後の挨拶をしてしまった。「あ? 最後の別れみたいじゃん。帰って来たらいっぱい遊んでくれよ?」「…………うん」「舞も言ってたし。時間が取れたら温泉行きたいな」「赤坂さん、一緒に入ってくるから嫌」クスクス笑っている。「今度は綺麗に洗ってやるよ」「遠慮しておきます」「そんなに俺のこと嫌わないでくれ」こうやって何でもない会話をしているのが一番幸せだ。この時間がまた来ることを今は願って挑んでくるしかない。「いっぱい、いっぱい、勇気をありがとう。赤坂さん」「こちらこそ。支えてくれて感謝してる」赤坂さんは立ち上がって私の額にチュッと口づけて病室から出て行った。
*アメリカの病院で検査を受けてドナーを待つ日々を送っていた。ドナーが現れるというのは、誰かが死を迎えるということ。複雑な思いではあったけれど、その分、心から感謝をして生きていこうと思った。「お母さん」「ん?」「もしも手術が失敗だったら……。赤坂さんにこの手紙を届けてほしい」「ええ」「引き出しに入れておくから」「わかった」私は微笑んで窓に目をやった。それから数日後、ドナーが見つかった。手術を受けることになった。『赤坂さんへ。この手紙を読んでいるということは、手術が失敗したということ。そして、私は天国へ旅立っているということになります。はじめて手紙を書いた日。赤坂さんが会いに来てくれるなんて考えてもいませんでした。小さい頃から赤坂さんは私の理想の男性で、大きくなったら赤坂さんみたいな人と結婚したいと夢を持ってしまいました。赤坂さんとは本当にいっぱい思い出があります。くだらない話をして笑いあったことまで、全てが大事な思い出です。ネックレスをプレゼントしてくれたことも本当に嬉しかった。素敵な時間をたくさんありがとうございました。私の人生で、赤坂さんを超える男性にはなかなかめぐり逢えませんでした。赤坂さんは、私にとって世界一の男性です。生きている間に恋する心を教えて下さり、本当にありがとうございました。天国からも、赤坂さんの活躍を応援しております。 久実より』
5 ―大事な人―久実二十五歳 赤坂三十一歳赤坂sideアメリカの病院で頑張っている久実を思い浮かべながら、自宅マンションのベランダで缶ビールを喉に流し込んだ。移植が成功したと連絡をもらい、久実の母親からはかなり感謝をされた。少し様子を見て問題なければ日本に戻って来られるという。まだ久実とは話せていない。アメリカまで見舞いに行こうとも考えていたのだが、どうしてもスケジュールが合わずにそれは叶っていない。「はぁ……会いてぇなぁ」自分がこれほどまでに久実を必要としているなど、予想していなかった。いつからだろう。あいつをこんなに愛し始めたのは……。ただの子どもだったのに、こんなにも好きになってしまったんだ。久実の笑顔に癒やされて、励まされて、俺はどんどんと久実を愛していた。芸能界の仕事をしていると、美人は腐るほどいるが久実を超える女はいなかった。帰って来て、久実が退院した時に俺は久実に告白をするつもりでいる。仕事はしまくっていて体がすこしきついが、まあなんとかやっていけそうだ。ぼうっとしてきてそろそろ眠ろうかと思い部屋に入る。すると、スマホが鳴り出した。こんな時間に誰だろう……。「もしもし」『赤坂さん』「……久実?」『あーよかった! 起きてたんだね。時差があってよくわからないけれど……赤坂さん誕生日だよね』明るい声を聞くだけで、俺は泣きそうになった。電話越しだが、久実が生きていることを実感する。『赤坂さん?』「ありがとう」『ううん。何かプレゼントしたいけど、どうしたらいいかわからなくて。でも、おめでとうは言いたかったの』「ああ、すげぇ嬉しいよ」今すぐ抱きしめたい。久実を感じたい……。「元気に過ごしていたのか? 体調はどうだ?」『順調に行けば八月には日本に戻れると思う!』「ああ、待ってる」あと二ヶ月か。会いたい気持ちがどんどん募っていくのだろう。
*七月になっていた。スタジオ収録を終えて事務所によると、大樹が休憩室にいた。コーヒーメーカーと冷蔵庫。ソファーにローテーブルがあるだけの狭い部屋だ。「お疲れ様」「おう」大樹の隣に座った俺は、コーヒーを飲んで目を閉じる。「赤坂の好きな子って……心臓病なんだってな」「ああ、美羽ちゃんから聞いた?」「もしかして、妹の舞ちゃんと一緒にライブに来ていた子?」「正解」「移植費用……赤坂が出したのか?」「まあな」「だから、仕事やりまくってたんだな」「当たり前。好きな人の命は俺が守る」「言ってくれたら募金とか、協力したのに」俺は大樹の気持ちはありがたいと思ったが、睨みつける。「もしも、美羽ちゃんが一刻も争う状況だったとしたら。募金なんて呑気なこと言ってられないだろ」「………ごめん。だな」反省したようにうなだれていた。「もう大丈夫だ。移植は成功したから、帰って来るのを待つだけだ」「それはよかった」自分のことのように喜んでくれる大樹のことを俺は大親友だと思っている。運命に導かれて俺たちCOLORは結成したのだ。俺はデビュー前に大澤社長に声をかけられた。ファーストフードのカウンターに座って外を眺めながらぼんやりとハンバーガーを食べていた時だ。ガラス越しに急に俺の前に立ち止まった女性が俺に向かって指をさしてきた。意味がわからなくてきょとんとしていると店内に入り込んできて突然熱く事務所に入らないかと誘ってきたのだ。何かの勧誘かと思って話を聞いていなかったがこの一言が決めてだった。『あなたの人生変えてみない? カラフルな世界を見ることができると思うわよ』まったく知らないもの同士が集められて結成したCOLORだが、今では世界一信頼できる仲間となっている。「付き合ってはいないの?」大樹の質問に俺は情けなくなる。まだ久実は俺の女じゃないのだ。「ああ……。何度か伝えているんだけど……どうしても受け入れてもらえなくてさ」「純愛だな……」「大樹には負けるけど」大樹は笑う。そしてすぐ真面目な視線になった。「告白しないの?」「戻ってきたらするけど。あいつは俺のことどう思ってんのか。ファン以上になりたくないのか、わからないんだよね」俺と久実が恋人になれる日は来るのだろうか。歳の差だってあるし、俺のことをどう思っているのかさっぱりわ
八月になり、久実から帰国するとメールが届いた。経過が順調で無事に退院でき日本に戻って来られるそうだ。やっと会えるのだと思うと、嬉しくて何度も繰り返しそのメールを読んだ。日本の病院に入院し、しばらく様子見てから自宅に帰ることになっているそうだが、愛する人の命が延命されたことが何よりも幸せだった。そして、久実が帰国した日に、俺は病院へ向かった。入院していたのは個室で、部屋に入ると顔色がよくなっていて昼ご飯を食べ終えたところだった。「赤坂さん、ただいま!」「お帰り、久実」少しだけふっくらしたように見える。「九月には退院出来るって。少し自宅で体力をつけて、十一月には社会復帰もできるよ。薬を飲み続けなきゃいけないけど、こんなに体が楽になって、夢のよう。全部、赤坂さんのおかげだよ。ありがとう」笑顔を向けてくれる。俺は嬉しくて言葉にならなかった。「じゃあ、十月頃に退院祝いをしよう」「うん、ありがとう」目を合わせて微笑み合うことができる幸せを噛み締める。好きな人と、同じ場所で同じ空気を吸えることが、こんなにも素晴らしいことだと気がつかせてくれた。俺はずっと、久実と生きていきたい。
久実side自分の家で、目覚めること。食事をすること。シャワーを浴びること。眠ること。大好きなCOLORの音楽を聞くこと。そして、大好きな人とのディナーに着ていく服を選ぶこと。当たり前のことが幸せだと感じる。それは、一度、死を覚悟したからかもしれない。人生をまっとうした誰かの心臓をもらって、生かしてもらったことに感謝して、一生懸命頑張りたいと思う。二週間前に退院をして自宅で過ごしている。私は、明日のための洋服を選んでいた。いよいよ赤坂さんとディナーの日は明日だ。楽しみで地に足が着かない気分だった。昨日美容室に行って髪の毛を染めた。そして、サラサラのボブにして気分も明るかった。何を着て行こうか。赤坂さんにプレゼントしてもらったネックレスに合うコーディネートをしなきゃ。赤坂さんに可愛いと思ってもらいたい。どんな話をしようかな。ドアのノックが鳴りお母さんが入ってくる。「今、大丈夫?」「うん。どうしたの?」「これ……読ませてもらったんだけど」手に持っていたのは懐かしい封筒だった。手術を受ける前に書いた赤坂さんへの手紙。成功したから渡すことはないと思っていた。……と言うか、忘れていた。ベッドに服を広げていた私を見て悲しそうな顔をするお母さんは、机の椅子に座った。私は手に持っていた服をそっとベッドに置く。そして、カーペットに腰を降ろした。「久実は、赤坂さんのことを男性として好きなの?」「…………うん」こんなにも嬉しそうに服を選んでいる姿を見たらわかりそうなものだけど。なんでそんなことを聞いてくるのだろう。「明日、退院のお祝いをしてくれるんでしょ?」「そうだよ」お母さんは困ったような表情を見せた。「もしもね、赤坂さんが久実に告白してきたとしたら……断りなさい」突然のお母さんの言葉に頭が真っ白になる。思考が追いつかない。「そもそも、告白なんてされてないよ!」この重たい空気を変えたくて私は冗談を言わないでと言った雰囲気で笑った。「赤坂さんはあなたのためにお金をたくさん出しているの。情が移っても不思議な話じゃない。どう考えても久実と赤坂さんは対等じゃないの。わかるわよね? お父さんとも相談したんだけどね、万が一……赤坂さんに交際をしようと言われても絶対に断りなさい」お母さんが本気で言っていることが伝わってきた
「赤坂さんのことが好きでも……両親の言うことを聞かなきゃって思って」「ってかさ、なんで早く言わなかったんだ?」苛立った口調に怖気づきそうだった。「考えて悩んで……私もそう思ったから。それに、これ以上迷惑をかけちゃいけないって思ったの」「迷惑だと? ふざけんじゃねぇぞ」乱暴に私を抱きしめた。赤坂さんの胸に閉じ込められる。かなり早い心臓の音が聞こえてきた。「俺のこと信じろって」「赤坂さん。ごめんね」「バカ」涙があふれ出し、私は赤坂さんにしがみついた。赤坂さんはもっと強く私を抱き止めてくれる。「でも、好きな気持ちには勝てなかったの」「………」体を起こしてキスをされた。すごく優しいキスに胸が疼く。私のボブに手を差し込んで熱いキスに変わっていく。舌が絡み合い、濡れた音が耳に届いた。唇が離れると赤坂さんは今までに見たことない瞳をしている。「久実、愛してる」「……私も、赤坂さんのことが好き」「俺もだ」「今まで本当にごめんなさい」「大好きっ、赤坂さん、大好き」「うん。俺も」私も赤坂さんのために自分のできる限り尽くしたいと思った。守ってもらうだけじゃなくて、守ってあげたい。頭を撫でられて心地よくなってくる。「両親に認めてもらえるように……頑張るから」赤坂さんはつぶやいた。だけど、すごく力強い言葉に聞こえた。「近いうちに会いに行きたい」「うん………」「やっぱりさ、思いをちゃんと伝えて理解してもらうしかないから」「そうだね……」「俺はどんなことがあっても久実を離さないから。覚えてろよ」頼もしい赤坂さんに一生着いて行く。私は赤坂さんしか、いないから。きっと、大丈夫。絶対に幸せになれると思う。私は赤坂さんのことが愛しくてたまらなくて、自分から愛を込めてキスをした。エンド
そして、四日になった。前日から緊張していてあまり眠れなかった。化粧をして髪の毛をブローした。リビングにはお母さんがいて、テレビを見ていた。「友達と会ってくるね」「気をつけてね」「行ってきます」家を出ると、まだ午前の空気は冷たくて、身震いした。手に息を吹きかけて温める。電車に向かって歩く途中も緊張していた。ちゃんと、思いを伝えることができるといいな……。赤坂さんに恋していると気がついたのはいつだったんだろう。かなり長い間好きだから、好きでいることがスタンダードになっている。できることなら、これから一生……赤坂さんの隣にいたい。マンションに到着し、チャイムを押すとオートロックが開いた。深呼吸して中へ入った。エレベーターが速いスピードで上がっていく。ドアの前に立つといつも以上に激しく心臓が動いていた。チャイムを押すと、ドアが開いた。「おう」「お邪魔します」赤坂さんはパーカーにジーンズのラフな格好をしているが、今日も最高にかっこいい。私は水色のセーターとグレーの短めのスカート。ソファーに座ると温かい紅茶を出してくれて隣にどかっと座った。足はだいぶ楽になったらしくほぼ普通に過ごせているようだ。「久実が会いたいなんて珍しいな」「うん……。話したいことがあって」すぐに本題に入ると、空気が変わった。赤坂さんに緊張が走っている感じだ。「ふーん。なに」赤坂さんのほうに体ごと向いて目をじっと見つめる。何から言えばいいのか緊張していると、赤坂さんはくすっと笑う。「ったく、何?」緊張をほぐそうとしてくれるところも優しい。赤坂さんは人に気を使う人。「私……、赤坂さんのことが好きなんです」少し早口で伝えた。赤坂さんは顔を赤くしているが、表情を変えない。「うん……。で?」「好きなんですけど、交際するのを断りました。その理由を話に来たんです」「……そう。どんな理由?」しっかり伝えなきゃ。息を吸って赤坂さんを見つめた。「両親に反対されています」「え、なんで?」「赤坂さんは恩人ですから……。 だから、対等じゃない……から……」頭の後ろに片手を置いて困惑した顔をしている。眉間にしわを寄せて唇をぎゅっと閉じていた。
年末になり、赤坂さんは仕事に復帰した。テレビで見ることが多くなり、お母さんと一緒に見ていると気まずい時もあった。四日に会う約束をしている。メールは毎日続けているが会えなくて寂しい。ただ年末年始向けの仕事が多い時期だから、応援しようと思っている。私も年末年始は休暇があり、仕事納めまで頑張った。そして、両親と平凡なお正月を迎えていた。こうして普通の時を過ごせることが幸せだと、噛み締めている。今こうしてここにいるのも赤坂さんと両親のおかげだ。心から感謝していた。『あけましておめでとうございます。四日、会えるのを楽しみにしています』赤坂さんへメールを送った。『あけおめ。今年もよろしくな。俺も会えるの楽しみ』両親が反対していることを伝えたら赤坂さんはどう思うだろう。不安だけど、しっかりと伝えなきゃいけないと思った。
「……美羽さん。ありがとうございます」「ううん」「私も赤坂さんを大事にしたい。ちゃんと話……してみます」「わかった」天使のような笑顔を注いでくれた。私も、やっと微笑むことができた。「あ、連絡先交換しておこうか」「はい! ぜひ、お願いします」連絡先を交換し終えると、楽しい話題に変わっていく。「そうだ。結婚パーティーしようかと大くんと話していてね。久実ちゃんもぜひ来てね」「はい」そこに大樹さんと赤坂さんが戻ってきた。「楽しそうだね」大樹さんが優しい声で言う。美羽さんは微笑んだ。本当にお似合いだ。「そろそろ帰るぞ久実」「うん」もう夕方になってしまい帰ることになった。「また遊びに来てもいいですか?」「ぜひ」赤坂さんが少し早めに出て、数分後、私もマンションを出た。赤坂さんとゆっくり話すのは次の機会になってしまうが、仕方がない。本当は今すぐにでも、赤坂さんに気持ちを伝えたかった。二日連続で家に帰らないと心配されてしまうだろう。電話で言うのも嫌だからまた会える日まで我慢しようと思う。私は、そのまま電車に向かって歩き出した。
急に私は胸のあたりが熱くなるのを感じた。「占いがすべてじゃないし、大事なのは二人の思い合う気持ちだけど。純愛って素敵だね」私が赤坂さんを思ってきた気持ちはまさに純粋な愛でしかない。「一般人と芸能人ってさ……色んな壁があって大変だし……悩むよね。経験者としてわかるよ」「…………」「でも、好きなら……諦めないでほしいの」好きなんて一言も言ってないのに、心を見透かされている気がした。涙がポロッと落ちる。自分の気持ちを聞いてほしくてつい言葉があふれてきた。「赤坂さんに好きって言ってもらったんですけど、お断りしたんです」「どうして……?」「心臓移植手術が必要になって、多額な金額が必要だったんです。赤坂さんが費用を負担してくれて私は助かることが出来ました。両親が……」言葉に詰まってしまう。だけれども、言葉を続けた。「対等な関係じゃないからって……。お父さんが、財力が無くてごめんと言うので……」「ご両親に反対されてるのね」深くうなずいて涙を拭いた。「私を育ててくれた両親を悲しませることができないと思いました。それに、健康じゃないので赤坂さんに迷惑をかけてしまうので」うつむいた私の背中を擦ってくれる美羽さん。「そっか……。でも、赤坂さんは、誰よりも久実ちゃんの体のことは理解した上で好きって言ってくれたんじゃないかな」「…………」「赤坂さんに反対されていることは言ったの?」「いえ……」「久実ちゃんも、赤坂さんを大事に思うなら。赤坂さんに本当のことを言うほうがいいよ。赤坂さんはきっと傷ついていると思う。好きな人に付き合えないって言われて落ち込んでるんじゃないかな」ちょっときついことを言われたと思った。だけど、正しいからこころにすぅっと入ってくる。美羽さんは言葉を続ける。「久実ちゃんがね、手術するために日本にいない時に……。さっきも言ったけど、私、大くんと喧嘩しちゃって赤坂さんに相談に乗ってもらったことがあったの。その時から、久実ちゃんのことを聞かせてもらっていたの。赤坂さんは心底久実ちゃんを好きなんだと思うよ」必死で私をつかまえてくれる。赤坂さんの気持ちだろう。痛いほどわかるのだ。なのに勇気がない。私は、意気地なしだ。でも、このままじゃいけないと思った。勇気を出さなければ前に進めないと心が定まった。
楽しく会話をしながら食事していた。食べ終えると、大樹さんは赤坂さんを連れて奥の部屋に行ってしまう。美羽さんが紅茶とクッキーを出してくれた。二人並んでソファーに座る。部屋にはゆったりとした音楽が流れていた。自然と気持ちがリラックスする。しばらく、他愛のない話をしていた。「赤ちゃんがいるの」お腹に手を添えて微笑んでいる美羽さん。まるで天使のようだ。「安定期になるまでまだ秘密にしてね」「はい……。あの、体調大丈夫ですか?」「うん。妊婦生活を楽しんでるの。過去にできた赤ちゃんが帰ってきた気がする」美羽さんは、過去の話をいろいろと聞かせてくれた。辛いことを乗り越えた二人だからこそ、今があるのだと思う。気さくで優しくてふんわりとしていて本当にいい人だ。紫藤さんは美羽さんを心から愛する理由がわかる気がする。私は心をすっかり開いていた。「赤坂さんのこと……好きじゃないの?」「え?」突然の質問に動揺しつつ、マグカップに口をつけた。「いい人だよね、赤坂さん。きついことも言うけど正しいから説得力もあるし」「……」「実は 夫と喧嘩したことがあってその時に説得してくれたのも 赤坂さんだったの」「 そうだったんですね」「二人は……記念日とかないの?」「記念日なんて、付き合ったりはしていないので」「はじめてあった日とか……。何年も前だから覚えてないよね」ごめんと言いながらくすっと笑う美羽さん。初めて赤坂さんに会った日のこと――。子どもだったのに鮮明に記憶が残っている。まさか、あの時は恋をしてしまうとは思わなかった。こんなにも、胸が苦しくなるほどに赤坂さんを愛している。「ねえ、果物言葉って、知ってる?」「くだものことば? 聞いたことないです……」「誕生花や花言葉みたいなものなの。果物言葉は、時期や外観のイメージ・味・性質をもとに作ったもので……。果物屋の仲間達が作ったんだって」「はぁ」美羽さんは突然何を言い出すのだろう。ぽかんとした表情を浮かべた。「あはは、ごめん。私フルーツメーカーで働いていたの。なにかあると果物言葉を見たりしてさ。基本は誕生日で見るんだろうけど……記念日とかで調べて見ると以外に面白いの」「そうなんですか……」「うん。大くんと付き合った日は十一月三日でね、誕生果は、りんご。相思相愛と書かれていて……。会わな
タクシーで向かうことになったが、堂々と二人で行くことが出来ないので別々に行く。大スターであることを忘れそうになるが、こういう時は痛感する。二人で堂々と出掛けられないのだ。……切ないな……。美羽さんは大樹さんと結婚するまでどうしていたのだろう。途中で手ぶらなのは申し訳ないと思いタクシーを降りた。デパートでお菓子を買うと、すぐに違うタクシーを拾って向かった。教えられた住所にあったのは、大きくて立派なマンションだった。おそるおそるチャイムを押す。『はい。あ、久実ちゃん。どーぞ』美羽さんの声が聞こえるとオートロックが開いた。どのエレベーターで行けばいいか、入口の地図を確認する。最上階に住んでいる大樹さん夫妻。さすがだなーと感心してしまう。エレベーターは上がっていくのがとても早かった。降りるとすぐにドアがあって、開けて待っていたのは美羽さんだった。「いらっしゃい」微笑まれると、つられて笑ってしまう。「突然、お邪魔してすみません。これ……つまらないものですが」「気を使わないで。さぁどうぞ」中に入ると広いリビングが目に入った。窓が大きくて太陽の日差しが注がれている。赤坂さんはソファーに座っていて、大樹さんは私に気がつくと近づいてきた。「ようこそ」「お邪魔します」「これ、頂いちゃったの」美羽さんが大樹さんに言う。「ありがとう。気を使わないでいいのに」美羽さんと同じことを言われた。さすが夫婦だなって思う。赤坂さんも近づいてきた。「遅いから心配しただろーが」「赤坂さん。ごめんなさい」「一言言えばいいのに」一人で不安だったから、赤坂さんに会えて安心する。「さぁランチにしましょう」テーブルにはご馳走が並んでいた。促されて座る。私と赤坂さんは隣に座った。「いただきます」「口に合うといいけど」まずはパスタを食べてみた。トマトソースがとっても美味しい。「美味しいです。美羽さん料理上手なんですね」「とんでもない。大くんと出会った頃はカレーライスすら作れなかったんだよ」「そう。困った子だったんだ」見つめ合って微笑む二人がとても羨ましい。いいなぁ。私も赤坂さんとこうやって過ごせたら幸せだろうなぁ。
「妹が置いていった服ならあるけど。サイズ合うかな」「勝手に借りていいのかな?」「心配なら聞いてやるか」スマホで電話をはじめる。「あ、舞? 久実に服貸していい?」『えー! 家にいるの? 泊まったってことは、えーなに? 付き合ってるとか~?』ボリュームが大きくて話している内容が聞こえてしまう。「付き合ってくれないけど、まぁ……お友達以上だよ。じゃあな」お友達以上だなんて、わざとらしい口調で言った赤坂さんは、得意げな顔をしている。「……じゃあ、お借りするね」黒のニットワンピース。着てみるとスカートが短めだった。ひざ上丈はあまり着たことがないから恥ずかしい……。着替えている様子をソファーに座って見ている。「見ないで」「部屋、狭いから仕方がないだろう」「芸能人でお金もあるんだから引っ越ししたらいいじゃない」「結婚する時……だな」その言葉にドキッとしたが、平然を装った。私と……ということじゃない。一般的なことを言っているのだ。メイクを済ませると赤坂さんは立ち上がって近づいてくる。見下ろされると顔が熱くなった。「可愛い。またやりたくなる……」両頬を押さえつけたと思ったら、キスをされる。吸いつかれるような激しさ。顔が離れる。赤坂さんの唇に色がうつってしまった。「久実……愛してる」……ついつい私もって言いそうになった。「せっかく 口紅塗ったのに汚れちゃったじゃないですか」 私はティッシュで彼の唇を拭った。 すると 私の手首をつかんで動きを止めてまた さらに深くキスをしてきた。「……ちょっ……んっ」「久実、好きって言えよ」「……時間だから行かなきゃ」
久実sideふんわりとした意識の中、目を覚ますとまだ朝方だった。今日は休みだからゆっくり眠っていたい。布団が気持ちよくてまどろんでいると、肌寒い気がした。裸のままで眠っている!そうだった……。また、赤坂さんに抱かれてしまったのだ。逃げればいいのに……逃げられなかった。私の中で赤坂さんを消そうと何度も思ったけど、そんなこと無理なのかもしれない。すやすや眠っている赤坂さんを見届けて、ベッドから抜けようとするとギュッとつかまれた。「どこ行くつもりだ」「帰る」「………もう少しだけ。いいだろ」あまりにも切ない声で言うから、抵抗できずに黙ってしまう。強引なことを言ったり、無理矢理色々したりするのに、どうして私は赤坂さんのことがこんなにも好きなのだろう……。もう少しだけ、赤坂さんの腕の中に黙って過ごすことにした。太陽がすっかり昇り切った頃、ふたたび目が覚めた。隣に赤坂さんはいない。どこに行ってしまったのだろう。自分のスマホを見るとお母さんから着信が入っていた。「……ああ、心配させちゃった……」メールを打つ。『友達と呑みに行くことになって、そのまま泊まっちゃった』メッセージを送っておいた。家に帰ったら何を言われるだろう……。恐ろしい。「おう、起きてたのか」赤坂さんはシャワーを浴びていたらしい。上半身裸でタオルを首にかけたスタイルでこちらに向かってきた。あれ……昨日は一人じゃ入れないって言ってたのに。なんだ、一人で入れるじゃない。強引というか、甘え上手というのか。私はついつい赤坂さんに流されてしまう。そんな赤坂さんのことが好きなのだけど、このままじゃいけないと反省した。「今日、休みだろ?」「……うん」「じゃあ、大樹の家行こう」「は?」唐突すぎる提案に驚いてしまう。「暇だったらおいでって連絡来たんだ。美羽ちゃんも久実に会いたがってるようだぞ」美羽さんの名前を出されたら断りづらくなる。優しい顔でおいでと言ってくれたからだ。「でも……服とかそのままだし……」「そこら辺で買ってくればいいだろ」「そんな無駄遣いだよ」まだベッドの上にいる私の隣に腰をかけた。そして自然と肩に手を回してくる。「ちょっと……近づかないで」「なんで?」答えに困ってうつむくと赤坂さんは立ち上がってタンスを開けた。